東京地方裁判所 昭和45年(ワ)4747号 判決 1971年2月25日
原告
長谷川しづ
代理人
畑野有伴
被告
株式会社飯能光機製作所
代理人
藤平国数
同
浜崎千恵子
主文
被告は原告に対し金一八八万三、八〇〇円および内金一七一万三、八〇〇円に対する昭和四五年五月二四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 請求の趣旨
一、被告は原告に対し金四五九万円および内金四一九万円に対する昭和四五年五月二四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
二、訴訟費用は被告の負担とする。との判決および仮執行の宣言を求める。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求める。
第三 請求の原因
一、(事故の発生)
訴外亡長谷川良幸は、次の交通事故によつて死亡した。
(一)発生時 昭和四四年八月一日午前五時三〇分頃
(二)発生地 東京都東村山市本町二丁目六一八番地(府中街道路上)
(三)加害車 普通乗用自動車(登録番号埼五ゆ四五一八号)
運転者 訴外岡部美雄
(四)被害車 足踏二輪自転車
運転者兼被害者 訴外長谷川良幸
(五)態様 前記訴外岡部は加害車を運転し、所沢市方面より東京都内へ向け進行して本件事故発生地に差掛つたのであるが、その際自車進路前方右側の路地より自転車に乗り、加害車進行の府中街道を横断せんとし、右街道に進入、本件事故発生地点に至つていた被害者と衝突したものである。
(六)被害者 訴外長谷川良幸は頭部を強打し昭和四四年八月二日午前二時三〇分脳内出血により死亡した。
二、(責任原因)
被告は、次の理由により、本件事故により生じた原告および訴外亡良幸が蒙り原告が相続した損害を賠償する責任がある。
被告は、加害車を所有し、従業員たる訴外岡部をその運転手として右車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
三、(損害)
(一) 被害者に生じた損害
(1) 訴外長谷川良幸が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金五九五万円と算定される。
(死亡時)満一四才(昭和二九年一〇月二〇日生)
(推定余命)54.71年(第一一回簡易生命表による)
(稼働可能年数)四〇年(満一五才より満五五才迄)
(収益)労働大臣官房労働統計調査部「昭和四三年六月における賃金構造基本統計調査」(第六八表)にもとづく製造業従事の新中卒男子労働者の平均月間給与額金四万八、〇〇〇円は収益として挙げえたものとみうる。
(控除すべき生活費)右収益の二分の一に当る金二万四、〇〇〇円
(毎年の純利益)金二八万八、〇〇〇円)
(年五分の中間利息控除)ホフマン複式(年別)計算による。
(2) 原告は右訴外良幸の唯一の相続人である。よつて、原告は親として、右訴外人の賠償請求権を相続した。
(二) 原告が本件事故により蒙つた精神的損害
亡良幸は新聞配達のアルバイトをしつつ、中学校に通学していた真面目な少年で、原告はその将来につき多くの期待をよせていたところ、本件事故のため不慮の死をとげ、原告は甚大な精神的苦痛を蒙つており、その他諸般の事情を考慮すると、原告の本件事故により受けた精神的損害を慰藉するためには、原告に対し金四〇〇万円の支払をもつてあてるのが相当である。
(三) 従つて、本件事故により原告は合計金九九五万円の損害を蒙つた者となつているところ、本件事故については加害者たる訴外岡部が自動車運転手として遵守すべき義務たる前方注視を怠つたことが原因となつているのであるが、他方被害者たる亡良幸も自転車に乗り道路を横断しようとしたのであるから、左右の安全を確認のうえ進行すべきであつたのに、これを怠つたため、本件事故に至つたものとみられる。よつて右被害者の過失を考慮し原告は右逸失利益慰藉料の各七〇%の合計額に当る金六九六万五〇〇〇円の損害賠償を求める。
(四) 損害の填補
原告は既に自賠責保険金二七七万一、八〇〇円の支払いを受けた。
(五) 弁護士費用
以上により原告は金四一九万円(万以下切捨て)
を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、報酬として原告は金四〇万円を第一審判決言渡日に支払うことを約した。
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告は金四五九万円およびこれより弁護士費用を控除した金四一九万円に対する事故発生の日以後の日で、訴状送達の翌日である昭和四五年五月二四日より支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四 被告の事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一項は認める。
第二項のうち、被告が原告主張のとおり加害車の運行供用者に当ることは認めるが、被告に損害賠償責任があることは争う。
第三項のうち、本件事故につき、被害者たる亡良幸に原告自認のとおりの過失があつたことについては被告も同一趣旨の主張をなすが、それが三〇%程度の過失相殺にとどまることは争う。
同項その余の事実のうち、訴外岡部に原告主張のような過失のあつたことは否認し、右以外はいずれも不知。
第四項は争う。
二、(抗弁)
(一) 過失相殺
本件事故発生については前記のとおり原告も自認するように、被害者の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを原告自認の割合をこえて斟酌すべきである。
(二) 損害の填補
原告は、本件事故発生後、原告自認の金二七七万一、八〇〇円の受領のほか、なお自賠責保険金二八万六、〇〇〇円を受領している。
第五 抗弁事実に対する原告の認否
(一) 被害者に本件事故発生について過失の存したことは認めるが、その斟酌の割合が原告自認の割合をこえることは争う。
(二) 原告が、被告主張のとおり金二八万六、〇〇〇円を受領していることは認めるが、右金員は、本訴請求外の死亡に伴なう処置費用および葬儀費用に充当され、本訴請求額を低減させるものとはならない。
第六 証拠関係<略>
理由
(一) (事故発生の事実および責任の所在)
原告主張請求の原因第一項の事実および第二項のうち、被告が、原告主張のとおり、加害車の運行供用者に当ることは当事者間に争いない。
そして被告は事故責任の所在については、過失相殺の抗弁を主張するにとどまり、免責要件までは主張しておらず、ただ加害車の運転手訴外岡部の過失を否認はするものの、その無過失の立証については、後に認定のとおり成功していないのであるから、原告に対し、本件事故が原因となつて、その結果原告が蒙つたとみられる損害のうち、相当の因果関係にあるか、あるいは被告らにおいて特に予見しうるものといえる範囲の損害を自賠法三条によつて、賠償しなければならないことになる。
(二) (損害)
(イ) 被害者に生じた損害
(1) 逸失利益
<証拠>をあわせると、訴外亡良幸は昭和二九年一〇月二〇日生の男子で、昭和三三年六月一四日父長谷川幸二を亡くしたが、母たる原告に養育され、既に成年に達した長兄のほか、二人の兄、一人の姉と共に家庭生活を送つていたこと。亡良幸は、極めて強壮な身体に恵まれ、本件事故に遭遇する迄医師による医療はこれといつて受けたことはなかつたこと。本件事故当時は、東村山市立東村山第四中学校三年生で、学業成績は普通であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の家族状況・健康・学業成績によれば、亡良幸は、昭和四五年三月満一五才で中学卒業後は、上級学校に進学することなく、直ちに稼働を始め、少なくとも満五五才に達する迄の四〇年間労働し続けえたものと認められ、そして昭和四三年当時の賃金構造基本統計調査<証拠>によれば製造業に従業する新制中学卒の男子労働者の平均年収は金六八万二、五〇〇円である旨の顕著な事実を参酌しつつ、亡良幸の右に認定した健康状態・学業成績をもとに検討すると、亡良幸は右稼働期間中、平均して一カ年当り金六〇万円の収入を少なくとも挙げえたものと認められる。亡良幸は、これより右稼働が現実化されておれば当然その義務を尽くし、自己の利得となしえないはずであつた所得税該当額とそのほか自己の生活費を控除したものを毎年純利益としてうべかりしであつたと考えられるところ、前認定亡良幸の健康・学業成績、稼働期間、収入額に鑑みると、控除すべき額は年間金三一万二、〇〇〇円をこえることはないものと認められるので、亡良幸は年間金二八万八、〇〇〇円の純利益を満一五才より四〇年に亘り挙げると判断でき、これが現在価値をホフマン複式年別計算方法を参酌しつつ算出した金六〇五万三、二一三円(円未満は五〇銭未満切捨てによる・以下同じ)をもつて、亡良幸が死亡によつて喪失したうべかりし利益とまづみるべきである。
しかしながら、亡良幸は前認定のとおり、本件事故時満一四才の中学三年生であつて、稼働可能年令に達する迄の八カ月間、なにがしかの金員を費し、始めて稼働が望めるようになるものであること明らかであり、従つて、右出費は労働能力形成のため不可欠の投下資本といべきものであるから、これが現実負担者・本訴請求者の如何にかかわらず、また被告の主張をまつまでもなく、前記逸失利益より控除すべきものと考えられる。そして、右額は、<証拠>によると、亡良幸は新聞配達のアルバイトをして、自ら学費を一部賄つていたことが認められ、これと、前認定年令・健康状態からすると、右訴外人の養育の費用は、結局労働能力形成期にあつても稼働が部分的に可能となつていたものとみられ、一カ月当り金五、〇〇〇円をこえることはないといえるので、これが現在価値をホフマン式計算方法により算出した金三万九、二六七円が控除すべき額であり、これを控除した金六〇一万三、九四六円を亡良幸の逸失利益とみるべきである。なお稼働期間後の生活費は、労働能力形成に寄与せず、また右稼働期間中の収入をもつて賄うべきものと画一的に考えるべきではないから、これを控除すべきではない。従つて逸失利益は右のとおり金六〇一万三、九四六円である。ところが、原告は本訴において右金額を金五九五万円として請求するので、これを越える額を逸失利益として認定することは、後記のとおり、原告自認の過失相殺の割合をこえて被告により有利な過失割合を認める結果、仮りに現段階で、原告主張の逸失利益額をこえた金額を認容しても、本訴における最終認容逸失額は、原告主張のそれを上廻らないことになるとしても、右問題は民訴一八六条というよりは、弁論主義の問題であり、過失相殺の主張は逸失利益主張の要件事実ではもとよりない以上、許されないところであるから、結局、本訴においては金五九五万円をもつて、逸失利益とみるべきである。
なお、亡良幸の収入額認定に関し、平均賃金を基準とすることについて、初任給との離反を根拠に反論する者もあるけれども、死亡事故における逸失利益の算定は、死亡により労働能力を失つたことを損害としてとらえ、これを事故なくば、いかなる収益をその生涯で挙げえたかとして計測しようとするのであるから、その生涯における平均賃金を基礎とすることは、我国の年功序列賃金体系を、むしろ本来評価さるべき賃金体系に改め、より簡便にして正当な労働力評価をなしているものといえるので、これを不合理とみるのは当をえない。
(ロ) 原告の蒙つた損害
(2) 慰藉料
前認定亡良幸の家庭状況、健康状態や当事者間に争いのない本件事故発生状況に本件その他諸般の事情を勘案すると、原告が本件事故により蒙つた精神的損害を金銭に評価すると、金三五〇万円とみるのが相当である。
(三) (被害者の過失)
原告は、本件事故において被害者亡良幸に、自動車に乗り道路横断をなすに当り左右の安全確認を怠つた過失のあつたことを自陳し、被告も被害者に同趣旨の過失があつた旨抗弁するのであるが、その過失の斟酌割合については、当事者においても一致せず、また、右は当事者の主張するところに拘束されるものでもないこと多言を要しないから、この点について検討してみるに、<証拠>によると次のような事実が認められる。
本件事故は、アスファルト舗装の施されている幅員8.3米の道路部分と、これとガードレールをもつて区画された幅1.1米の歩道部分が東片側にある通称府中街道と呼ばれる道路上で発生した。右事故現場付近西側には、西武鉄道新宿線東村山駅に通じる幅員三米の車両が一般交通の用に供しない非舗装道路が、府中街道と丁字形に交わる形態で走つている。訴外岡部は加害車を運転し、時速約四〇粁で右府中街道を南進し、本件事故現場に差掛つたのであるが、当日の天候は雨で路面は濡れており、滑りやすい状態となつていたのに訴外岡部は、必要に応じ減速する態勢もとらず、また、事故現場約二〇〇米手前より右街道は直線道路となり、見透しは良好であつたのに、折柄早朝で交通が閑散としていたのに気を緩め、前方に対する注視を怠つたまま、漫然と進行し続けたため、被害者亡良幸が前記三米非舗装道路より出て街道を右折気味に横断しようとしているのに、その発見がおくれ、被害者が街道に進入し、センター・ライン近くに至つている地点で始めてこれに気付き、警笛を吹鳴して急制動の措置をとつたが、両車の距離が既に一〇米程度となつていたため、及ばず加害車前面部を被害車側部に衝突させるに至つた。一方被害者も、折柄の降雨のために先を急ぎ、かつ、早朝で交通閑散なのに安堵感をもつたため、前記非舗装道路より街道に進入するに際し、左方に対する安全を確認することなく、漫然進行し、加害車の警笛にも、当時着用の雨合羽の構造の故もあつて、気付くことなく、加害車前方に進出、衝突に至つている(右のうち、前記したとおり亡良幸に、自転車に乗り道路横断をなすに当り、左方の安全確認を怠つた過失のあることと、本件事故が、加害車進路前方右側路地より亡良幸の自転車が府中街道を横断せんとし右街道に進入、衝突したものであることは、いずれも当事者間に争いない)。
以上のような事実が認められ、<証拠判断・略>、その他右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によると、加害車の運転者である訴外岡部としては、本件事故につき自動車運転手として遵守すべき、自車進路前方を注視し、進行の障害となるものの迅速な発見につとめ、発見の際は直ちに対応する適切な措置をとり、衝突等の危険を避けるべきであるほか、進路状況に応じ安全運転につとめるべきであるのに、これらの注意義務を折柄早朝で交通閑散であつたことから、怠り、漫然進行し続けた過失を犯していることが明らかであるが、他方被害者たる亡良幸にも、原告が一部自陳するとおり、本件事故発生について軽車両運転者としても遵守すべき注意義務、即ち、路地に当る幅員三米の非舗装道路より、幅員8.3米の舗装道路に進入するに際しては、広路進行車は交差点通過の際ほどの安全確認乃至徐行義務は課せられないのであるから、進路の安全を十分確認したうえ進行すべきであつた義務を怠り、安全不確認のまま進入したうえ、加害車の警笛にも気付かず進行し続けた過失を犯していること、および右過失が本件事故発生に寄与していることが認められる。
そして、本件事故における被害者の右過失を斟酌すると、被告は原告に対し、相当の損害額のうち五〇%に当る金員を賠償すべきものと判断される。
従つて、<証拠>により、亡良幸の唯一の相続人である原告は、亡良幸の逸失利益損害の五〇%相当金員を被告に賠償請求しうることになる。
(四) (損害の填補)
原告が、本件事故により蒙つた損害に関し、既に自賠責保険金金三〇五万七、八〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いない。原告は右のうち、金二八万六、〇〇〇円は本訴請求外の処置費用および葬儀費用に充当された旨主張するので、この点につき検討するに、<証拠>によると、原告は、亡良幸の本件事故死に伴ない病院処置費金五万六、八〇〇円と葬儀に伴なう費用金二二万八、二〇〇円の負担を余儀なくされていること、葬儀に伴なう費用のうち、金八、〇〇〇円は、供物代として費されていること右金二八万六、〇〇〇円は、自賠責保険金加害者請求の手続により支払がなされており、当事者間で遅延損害金に充当する意思はなかつたこと、が認められ、右認定に反する証拠はなく、かつ、右金員は本件事故による相当の損害であるところであるから、結局前記過失相殺割合に鑑み金二八万六、〇〇〇円より処置費五万六、八〇〇円の五〇%に当る金二万八、四〇〇円、過失相殺を右認定の内容上なさないこととする供物代八、〇〇〇円、その余の葬儀費用二二万〇、二〇〇円の五〇%に当る金一一万〇、一〇〇円を差引いた金一三万九、五〇〇円および原告自陳の金二七七万一、八〇〇円は、本訴請求額より控除すべきものとなる。
(五) (弁護士費用)
以上のとおり、原告は被告に対し、本件事故にもとづく損害賠償として、逸失利益五九五万円の五〇%に当る二八七万五、〇〇〇円、慰藉料三五〇万円の五〇%に当る一七五万円の合計額四六二万五、〇〇〇円より前記一三万九、五〇〇円および二七七万一、八〇〇円を控除した金一七一万三、八〇〇円を請求しうるところ、<証拠>によると、被告は原告に対し、右損害金全額の任意履行をなさうとしなかつたので、原告はやむなく弁護士である本件原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士所定の報酬の範囲内で、原告は金一〇万円を手数料として支払つたほか、成功報酬として原告は判決認容額の一〇%相当金員を第一審判決言渡日に支払うことを約していることが認められ、右認定に反する証拠はない。
しかし、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が被告に対し、負担させることをうる弁護士費用は、金一七万円の限度で相当であつて、これをこえる部分まで、被告に負担させることはできないとみるべきである。
(六) (結論)
そうすると、被告に対し、原告は金一八八万三、八〇〇〇円およびこれより弁護士費用を控除した金一七一万三、八〇〇円に対する事故発生の日以後で、本訴訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年五月二四日より支払済迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので、原告の本訴各請求は右の限度で理由があり正当として認容すべきであるが、その余は理由なく失当として棄却すべきである。
よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(谷川克)